光に溶ける輪郭、記憶のポートレート

木漏れ日がつくる不確かな光の層の中で、ひとりの人物が静かに立ち現れる。これは「写す」ことよりも、「滲ませる」ことを選んだ写真だ。確定的な情報を拒み、見る者の記憶や感情に委ねる——現代写真のひとつの成熟したかたちが、ここに提示されている。

実像と残像のあいだに漂う、曖昧な美

最初に受け取る印象は、柔らかさと不安定さの同居だ。被写体の輪郭は明確でありながら、前景に差し込む光や反射によって部分的に分断され、像は完全には結像しない。
その結果、この写真は「人物写真」でありながら、強い匿名性を帯びる。見る者はモデルの個性を読み取ろうとするよりも、写真全体に流れる空気や温度、時間帯といった感覚的な要素に意識を向けることになる。

自然光とレイヤーが生む、詩的な構造

この作品の核にあるのは、自然光の扱いだ。直射ではなく、葉を通過し、反射し、拡散した光が、被写体の顔と白い衣服に重なっている。露出はあえてハイキー寄りに振られ、ディテールは部分的に失われているが、それは欠落ではなく意図的な選択だ。
また、前景のボケや反射が一種のレイヤーとして機能し、写真に奥行きと時間差を与えている。単一の瞬間を切り取るというより、複数の瞬間が重なり合った「視覚的な記憶」として構築されている点が印象的だ。

写真家・きるけ が選ぶ、「見せない」という美学

写真家・きるけのこの作品は、被写体を明確に定義しない姿勢に端的に表れている。表情は感情を語りすぎず、光はあえて情報を覆い隠す。その結果、写真は説明を放棄し、見る者の内面に静かに介入してくる。
光による遮蔽、前景のレイヤー、焦点の揺らぎ——それらは偶然性を装いながら、きるけ なのが一貫して選び取ってきた視覚言語だ。
この作品が強く印象に残るのは、完成されたイメージではなく、「未確定な感情」を提示しているからだろう。写真家・きるけ なのは、被写体を通して物語を語るのではなく、見る側に物語を生じさせる。その余白こそが、この作家の最大の魅力であり、現代ポートレートにおける確かな個性となっている。

きるけ。

東京を拠点にクラブカルチャーにてキャリアスタート
ナイトシーンに身を置く傍ら、広告撮影チームにて建築写真を学ぶ

舞台照明を日常に落とし込み非現実な色空間を使用したポートレートを得意とする

現在は人物を中心にアーティスト写真やジャケット写真、
広告、建築、音楽イベント、MVなど幅広いジャンルにて活動

1985年生まれ 徳島県出身
2015年より広告撮影チームを経て独立

https://kiruke.jp

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